2025年5月17日、地元歯科医とNSTのコラボで行った市民公開講座「歯科医と栄養サポートチームが伝えたいオーラルフレイル予防のススメ」のレポート第3話、宮城県歯科医師会常務理事、相澤俊彦先生の特別講演の報告です。オーラルフレイル提唱の歴史から、口腔機能低下症の診断、地域の診療の現状や日頃の対策まで教えて頂きました。
オーラルフレイルの提唱は日本発
オーラルフレイルは、「Oral(口の)」と「Frailty(虚弱)」を合わせた造語であり、口腔機能の些細な衰えが、全身の心身機能の低下(フレイル)へとつながる前段階の状態を指す、日本で生まれた概念です。基本的な概念が提唱されたのは2014年とされています。これは、平成25年度(2013年度)の厚生労働省老人保健健康増進等事業「食(栄養)および口腔機能に着目した加齢症候群の概念の確立と介護予防(虚弱化予防)から要介護状態に至る口腔ケアの包括的対策の構築に関する研究」におけるワーキンググループでの議論が基盤となっています。この概念は、超高齢社会を迎えた日本において、健康寿命の延伸と生活の質の維持を目指す上で重要な視点として提唱されました。その科学的根拠に「柏スタディ」があります。
オーラルフレイルの健康リスクを明らかにした「柏スタディ」
「柏スタディ」は、東京大学高齢社会総合研究機構(IOG)と千葉県柏市が共同で実施した、地域在住の自立した高齢者2011名を対象とする45か月間の大規模な縦断的コホート研究です。2012年から開始され、身体機能、栄養状態、認知機能、社会性、口腔機能といった多岐にわたる項目を詳細に調査・追跡しました。
柏スタディでは、残存歯数 、咀嚼能力、最大舌圧、構音口腔運動技能(「タ」の音)、 硬い食べ物の食べにくさ(主観的困難)、 飲み込みにくさ(主観的困難)のうち3項目以上に問題がある場合をオーラルフレイルと判定しました。柏スタディの追跡調査により、オーラルフレイルを有する高齢者は、そうでない高齢者に比べて、以下のような様々な健康リスクが有意に高まることが統計的に示されました。
- 身体的フレイルの発症リスク:2.4倍
- サルコペニアの発症リスク:2.1倍
- 要介護認定リスク:2.4倍
- 総死亡リスク:2.1倍
これらの結果は、年齢や性別、既存疾患などの他の要因を調整した上でも確認されており、オーラルフレイルが独立した危険因子であることを示唆しています。さらに、柏スタディのデータからは、オーラルフレイルが以下の状態とも関連することが報告されています。
- 認知機能低下のリスク上昇
- 抑うつ傾向の発症リスク上昇
- 低栄養状態
- 食事の満足度の低下
柏スタディは、オーラルフレイルという概念の重要性を科学的エビデンスに基づいて確立した点で非常に大きな意義を持ちます。それまでは、口腔機能の低下は単に「歯が悪い」「食べにくい」といった局所的な問題と捉えられがちでしたが、柏スタディはそれが全身の健康状態の悪化、さらには生命予後にも影響を及ぼすことを明確にしました。
学会からの一般市民向け・専門職種向けステートメント
近年では、複数の学術団体による合同ステートメントが発表され、自己診断ツール「オーラルフレイル5項目チェックリスト(OF-5)」が開発されるなど、その理解と対策がさらに深まっています。


以上のことから、オーラルフレイルは放置すると様々なリスクに繋がりますが、まだプレフレイルの段階であり、意識して介入することにより挽回のチャンスがあることを教わりました。
また、歯を失う疾患の第一位は歯周病で、年齢とともにその割合は上昇し、歯が抜けた状態を放置すると、その部位に粘膜などが入り込むようになり、義歯が作りにくくなるということも教わりました。義歯は本来の3分の1程度のかむ力が目標なんだそうです。やはり自分の歯が一番ですね。かかりつけの歯科医を持つに越したことはないですね。
口腔機能低下症とは
口腔機能低下症は、「う蝕や歯の喪失など従来の器質的な障害とは異なり、いくつかの口腔機能の低下による複合要因によって現れる病態」と定義されています。2018年に新たな医療保険病名として保険収載されました。口腔機能低下症の前段階や軽微な状態がオーラルフレイルです。オーラルフレイルのチェック項目(OF-5)で2項目以上「はい」の場合は、口腔機能低下症を扱う歯科に相談するのが良いでしょう。

口腔機能低下症の診断
口腔機能低下症は、「口腔の機能(咀嚼、嚥下、唾液分泌、感覚など)が複合的に低下した状態」であり、具体的には、以下の7つの症状・検査項目のうち、3項目以上が基準値を下回った場合に診断されます。
診断基準と検査方法
- 口腔衛生状態不良 (Poor oral hygiene)
- 検査方法例: 舌苔(ぜったい:舌の表面の汚れ)の付着程度を評価する舌苔付着指数(TCI: Tongue Coating Index)など。
- 基準値例: TCIが40%以上などで不良と判断。
- 解説: 口腔内の清掃状態が悪く、細菌が繁殖しやすい状態です。歯周病の悪化や口臭の原因にもなります。
- 口腔乾燥 (Oral dryness)
- 検査方法例:
- ガーゼを噛んで唾液の分泌量を測定するサクソンテスト(ガムテスト)。
- 口腔水分計(ムーカス®など)を用いて舌背(舌の表面)の水分量を測定。
- 基準値例: サクソンテストで2分間の唾液分泌量が2mL以下、または口腔水分計で舌背中央部の水分量が27.0未満などで乾燥と判断。
- 解説: 唾液の分泌量が減少し、お口の中が乾いた状態です。これにより、自浄作用の低下、咀嚼・嚥下困難、味覚の変化などが起こりやすくなります。
- 検査方法例:
- 咬合力低下 (Decreased bite force)
- 検査方法例:
- デンタルプレスケール®などの感圧フィルムを噛み、その圧痕から咬合力を測定。
- 咬合力計を用いて直接測定。
- 基準値例: 左右どちらかの臼歯部(奥歯)で200N(ニュートン)未満などで低下と判断。
- 解説: 食べ物を噛み砕く力が弱くなった状態です。硬いものが食べにくくなり、食事の偏りや栄養摂取不足につながることがあります。
- 検査方法例:
- 舌口唇運動機能低下 (Decreased tongue and lip motor function)
- 検査方法例: オーラルディアドコキネシス。1秒間に「パ」「タ」「カ」の音をそれぞれ何回発音できるかを測定します。
- 基準値例: 「パ」「タ」「カ」のいずれかの1秒あたりの回数が6回未満で低下と判断。
- 解説: 舌や唇の動きが滑らかでなくなり、発音が不明瞭になったり、食べこぼしが増えたりします。
- 舌圧低下 (Decreased tongue pressure)
- 検査方法例: 舌圧測定器(JMS舌圧測定器®など)を用いて、舌が上顎に押し付ける力を測定します。
- 基準値例: 最大舌圧が30kPa(キロパスカル)未満で低下と判断。
- 解説: 食べ物をまとめたり、喉の奥へ送り込んだりする舌の力が弱くなった状態です。飲み込みにくさや誤嚥のリスクが高まります。
- 咀嚼機能低下 (Decreased masticatory function)
- 検査方法例:
- グルコース含有グミゼリーなど特定の食品を一定時間噛んでもらい、その粉砕度合いや溶け出したグルコース濃度を測定。
- 咀嚼能力に関するアンケート(「硬いものが食べにくい」「食事に時間がかかる」など)。
- 基準値例: グミゼリー法でグルコース溶出量が100mg/dL未満(施設により基準が異なる場合あり)などで低下と判断。
- 解説: 食べ物を効率よく噛み砕き、食塊を形成する能力が低下した状態です。
- 検査方法例:
- 嚥下機能低下 (Decreased swallowing function)
- 検査方法例:
- 嚥下に関するスクリーニング質問票(EAT-10など)。
- 反復唾液嚥下テスト(RSST):30秒間に何回唾液を飲み込めるか。
- 改訂水飲みテスト(MWST):少量の水を実際に飲んでもらい、むせや呼吸の変化を観察。
- 基準値例: EAT-10で3点以上、またはRSSTで30秒間に2回以下などで低下の疑いと判断(確定診断には精密検査が必要な場合あり)。
- 解説: 食べ物や飲み物をスムーズに食道へ送り込む機能が低下した状態です。むせやすくなったり、誤嚥(食べ物が気管に入ること)のリスクが高まったりします。
- 検査方法例:
これらの検査は、歯科医院や医療機関で受けることができますが、当地域で行える歯科医院はまだ多くはないようでした。早期に機能低下を発見し、適切な指導や訓練を受けることで、機能の維持・改善が期待できる可能性があると思われます。筆者としては、気になる症状がある場合は、口腔機能低下症に対応できる医院への紹介の可能性も含めて、かかりつけ歯科に相談するのが良いと感じました。
かむかむチェックシート

食事の際に食べ物をどのくらい噛んでいるかを意識し、改善するためのツールとして「かむかむチェックシート」が紹介されました。公立能登総合病院歯科口腔外科、長谷剛志先生が作成された、20代の男女50名がさまざまな食品一口量あたりにかむ回数の平均の一覧表です。使用には決まったルールや制限はないそうで、能登脳卒中地域連携協議会のWebページから以下、使用例を引用いたします。
使用例1)
直近1週間食べたものをチェックすると、対象者の概ねの食生活と咀嚼状況が把握できます。咀嚼回数が著しく少ない食品ばかりにチェックが入る場合やチェックした食品に栄養の偏りがみられる場合は、噛む回数の多い食品を訓練食として設定することやバランスのとれた食品選択を指導します。使用例2)
義歯を作製した場合、新しい義歯によってどの程度の食品が食べられるか評価するために1週間食べたものをチェックします。すると、義歯の装着前後での食生活の変化が把握できるため、義歯の使用と適応食品について把握できます。
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「カレーライス」のかむ回数は比較的少なく、「カレーは飲み物」かもしれぬ、と思いました。
オーラルフレイル予防の一押しは「本気のカラオケ」
最後に、相澤先生お勧めのオーラルフレイル予防方法として、「本気のカラオケ」が紹介されました。汗をかくくらいに真剣に歌うのが良いそうです。ネット検索してみると、確かに結構勧めている記事がヒットしました!
われわれNSTは、次なる目標として院外での活動に目を向け、一般市民のかたがたにオーラルフレイルの周知を図り、予防にも貢献できたら、とさらに欲が出て参りました。塩釜市のお隣、多賀城市では独居のかたに食事が摂れているか聞き取りする訪問調査が行われているそうです。意識が高いですね。
われわれNSTが歯科とコラボし地域に何ができるか、今後も考えていきます!
この度はお集り頂いた参加者のみなさま、ご講演頂きました相澤先生、このような機会を与えてくださった関係者のかたがたに感謝申し上げます。ありがとうございました!