NSTが意識したい歯科領域の重要性|その1

NST回診では、嚥下機能には問題がないのに、やせたり、長期に義歯を外していたせいで義歯が合わなくなり、入院前と同じ食事が食べられないといった、口腔内の問題で食事が進まないかたを見かけます。われらNSTは、疾患による栄養障害と同じぐらいに、今後より一層歯の問題に注目しなければ、と思っています。この度、同一法人内の歯科衛生士の辻先生にNST専門療法士実地修練で「NSTに必要な歯科的知識」を講義して頂く機会を得ました。そのなかで、筆者(外科医)が感銘を受け、みなさまにぜひお聞かせしたいと思った内容を報告させてください。

目次

歯は転ばぬ先の杖

かみ合わせには平行感覚を保つ役割がある

口腔の役割として、食べること、話すこともさることながら、平衡感覚を保つ役割があると教わりました。
しっかりした歯とその噛み合わせは、体のバランスを保つために大変重要な役割を果たしており、噛み合わせやあごの安定は、歩行の安定にもつながるといわれているそうです。
「外来によたよた歩いて通っていたおばあさんが、入れ歯を入れるようになったら、歩きがシャキシャキになった。これは入れ歯のせいかもしれない。」と仲間内で話題になったという、辻先生自身のご経験も伺いました。

これは、世間の常識なのでしょうか?? 文献検索をしてみました。

歯の健康と転倒リスク|文献的には…国内編

歯の健康と転倒に関する論文です。

転倒リスクの高い認知症高齢者の過去1年間の転倒状況を調査し、咬合関係との関係を見ることで、咬合の維持・回復が転倒予防につながるか検討した。入院している自力で歩行可能な認知症高齢者146例を対象とした。両側の小臼歯ならびに大臼歯の咬みあわせが、自分の歯で保たれている残存歯群、義歯で保たれている義歯群、咬合関係のない崩壊群の3群に分けた。2回以上転倒した者は41例、1回以下の者は105例であった。認知機能評価においても有意差はなく、アルツハイマー病の割合や服薬状況にも有意差はなかった。2回以上転倒している者で、咬合の崩壊群が有意に多かった。義歯治療を行うことができた10例中、1年後の時点で歩行困難となっていた3例を除いた残りすべての者で、転倒回数が少なくなった。

吉田 光由ら. 転倒予防の新規点 認知症高齢者の転倒と咬合との関係. Osteoporosis Japan. 2006,14(1),114-115.

筆者らはコホート研究によって,歯の健康と転倒との関連を検討した。過去1年間に転倒経験のない65歳以上の1763名を対象として3年間追跡した結果、19歯以下で義歯未使用の者は、20歯以上の者に比べて、3年後の転倒リスク(オッズ比)が 2.50(95% 信頼区間:1.21~5.17)倍高いことが明らかになった。
歯数と大腿骨近位部骨折との関係は、日本の50歳以上の男性歯科医師9,992名を平均6年間追跡した研究によって明らかになっている。歯数が14~28の者を基準として、1~13および0の者は、骨折リスクがそれぞれ4.1(95% 信頼区間:1.2~14.2)、4.5(1.1~ 18.0)倍高いことが明らかになった。また、歯を1本失うごとに骨折のリスクが1.06(1.01~1.12)倍高くなることも明らかになった。

山本龍生. 歯科から考える転倒予防. 日本転倒予防学会誌. 2018,5(1),23-25.

歯科介入を行った50歳以上の橈骨遠位端骨折患者を, 50-64歳群11例、65-74歳群17例、75歳以上群21例に分け、骨密度、EilersのOral Assessment Guide(OAG)スコア、動揺歯・残根歯の有無、抜歯の必要性の有無、Eichner分類による咬合支持評価について検討した。各群で骨密度、OAGスコアは有意差がなかった。動揺歯、残根歯、抜歯の必要性を有する割合は、50-64歳群がそれぞれ18.2%、9.1%、18.2%、64-74歳群が29.4%、29.4%、29.4%、75歳以上群が23.8%、28.6%、 14.3%であった。Eichnerの分類で咬合支持域が二つ以上ある割合は、50-64歳群が67%、64-74歳群が53%、75歳以上群が40%であった。転倒リスクと関連する咬合力維持のためには歯の温存が重要であり、転倒予防のため早期の歯科介入が望ましいと考える。

納村 直希ら. 骨粗鬆症リエゾンサービスにおける橈骨遠位端骨折患者に対する歯科介入の試み. 日本手外科学会雑誌. 2021,38(3),260-264.

まだまだ文献がありましたが、このくらいにしておきます…。歯の健康は転倒を防ぐうえで重要であることがめちゃめちゃよくわかりました!歯と平行感覚との関連性については、以下のように述べられていました。

ヒトは頭部が重いために身体の重心が上半身にある。そして、咀嚼筋や歯根膜から脳に向かう求心性の線維によって頭部の平衡が維持されている。そのため、歯の喪失や義歯未使用による咬み合わせの喪失は、咀嚼筋や歯根膜からの神経伝達を減少させて頭部を不安定にし、その結果、身体の重心が不安定になり転倒しやすくなる可能性がある。

山本龍生. 歯科から考える転倒予防. 日本転倒予防学会誌. 2018,5(1),23-25.

文献的には…海外編

では、海外でも同じことを考える先生がいるんでしょうか?米国とメキシコの論文がありましたよ。

高齢米国人1852名(男性924名、女性928名、平均62.9歳)を対象に、筋骨格フレイルと歯数/義歯の使用との関連、ならびに栄養摂取がこの関連に影響を及ぼすかどうかについて検討した。筋骨格フレイルの評価には握力測定値を用い、歯数/義歯の使用との関連を評価した。その結果、筋骨格フレイルと判定されたのは9.1%、平均総歯数は20.5、フレイル者では16.4であった。歯数が20以上であった被験者は71.5%、歯数が20未満で義歯を使用していたのは9.6%であった。性別と年齢を補正後の回帰モデルでは、歯数が20未満かつ義歯を使用していない高齢者で歯数20以上の高齢者と比較して筋骨格フレイルの有病率は有意に高かったが(オッズ比:1.32)、栄養摂取状況を補正後にはオッズ比は1.22に低下していた。栄養摂取不良、単身者、身体活動低値は筋骨格フレイルと有意に関連しており、過体重/肥満とフレイルとの関連はみられなかった。また、歯数20未満かつ義歯未使用者と義歯使用者で栄養素欠乏の比率が高くなっていた。高齢米国人では、義歯の使用によって筋骨格フレイルのリスクが低くなると考えられた。

Lee Seoyoung, et al. Association between number of teeth, use of dentures and musculoskeletal frailty among older adults. Geriatrics & Gerontology International. 2018,18(4),592-598.

高齢者における口腔の健康状態が口腔健康関連QOLに与える影響を評価した。メキシコシティの一地区における70歳以上の在宅高齢者655名(平均79.2±7.1歳)を対象に世帯調査を行った。口腔健康関連QOLはOral Health Impact Profile短縮版(OHIP-14-sp)により評価した。OHIP-14-spスコアは平均6.8±8.7点、中央値4点であった。多変量解析において、男性、口内乾燥、可撤性義歯の非使用、無機能の可撤性義歯の使用、ある程度良好な自覚的全般的健康状態、同年齢に比較して同等または不良な自覚的口腔健康状態、少なくとも一つの日常生活動作における依存が、平均OHIP-14-spスコアを増加させることが示された。

Castrejon-Perez Roberto Carlos, et al. Negative impact of oral health conditions on oral health related quality of life of community dwelling elders in Mexico city, a population based study. Geriatrics & Gerontology International. 2017,17(5),744-752.

自分の歯の健康はもとより、きちんと調整された義歯も転ばぬ先の杖になることがよくわかりました!

飾りじゃないのよ入れ歯は、歯ッ、歯~

絶食中でも可能であれば義歯装着を推奨?

入院中には気管挿管など義歯を装着している場合ではない状況があります。しかし、治療行為に支障がなければ、たとえ絶食中であっても義歯を装着していたほうが良さそうです。学会誌には以下の記載がありました。

経口摂取をしていなくても義歯を装着することは、残存歯の移動を予防し、着脱時に口唇や頬をストレッチできる。他動的にでも開閉口させることで顎関節の拘縮も予防できる、というような廃用予防に繋がる。~中略~

「経口摂取していないので、それまで使用していた義歯を外している」という状況は、嚥下の面からも望ましくない。歯の喪失で失った機能を、すべて義歯で回復できるわけではないが、歯は咀嚼のみならず嚥下にも関連しており、歯を喪失した部分を義歯で補綴することは重要である。歯(列)や義歯は、嚥下の準備期における食塊形成、口腔期における搾送運動にも必要な他、咽頭期においては、舌骨が舌骨上筋群によって喉頭とともに挙上され、喉頭蓋が翻転して喉頭を閉鎖する際に、「下顎を固定する」というきわめて重要な役割を果たす。無歯顎で義歯を装着していない場合、舌を上下の顎堤間に挟むように介在させて下顎を固定しているとされ、嚥下にも不利な状況であることが想像できるだろう。

実際、「総義歯の装着で,非装着時に比較して準備期・口腔期の所要時間が短縮した」という研究や、「天然歯・義歯によって上下の歯列が接触し、顎位が安定している高齢者は、反復唾液嚥下試験の回数が正常である割合が高かった」という研究もある。

岸本裕充ら. 食べられる口をCREATEするためのオーラルマネジメント. 日本静脈経腸栄養学会雑誌. 2016,31(2),687-692.

入院前は常食を食べられていたかたでも、入院中に義歯を外していたために合わなくなり、いざ食事が開始されても常食が食べられず、やわらかい嚥下調整食へ食形態を下げざるを得ない場合があります。
通常、常食のほうが嚥下調整食よりも得られるカロリーが高く、咀嚼による脳の活性化も期待できますので、義歯が合わなくなったために嚥下調整食しか食べられなってしまう事態は避けたいものですね。

Ns.れいかさん

今のところ、義歯装着推進運動をする部門は当院に存在しないので、NSTに何ができるか役目を考えましょう!
まずは、
入院時に義歯の有無、持参しているかのチェック
装着していない場合は、装着できる可能性がないか意識する
ことから始めましょう!
歯科との積極的なコラボは当院の今後の課題です。

辻先生の講義、その1をご覧ください。

まとめ

  • 自分の歯の健康維持、義歯のかたは調整が、食事を楽しめることはもとより、廃用予防、嚥下機能の維持に重要です。
  • 入院中絶食中であっても、上記の理由から、義歯持参のかたは装着を継続できるか検討しましょう。

その2へ続きます。

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